東京地方裁判所 昭和23年(行)66号 判決
原告 引間丈夫 外一名
被告 警視総監
一、主 文
原告等の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が原告引間丈夫に対してなした昭和二十三年八月八日の、原告景山要之助に対してなした同月十日の各免職処分はいづれもこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「原告引間は昭和二十年十一月三十日、原告景山は昭和二十年九月三十日、それぞれ警視庁巡査に任命され、いずれも右免職当時世田谷警察署に勤務していたが、原告らは昭和二十三年五月頃同署内の文芸を愛好する同僚巡査約二十名と共に「松蔭の杜」という文芸雑誌の発行を計画し、当時の同署長訴外吉田太吉郎の諒解の下に同年六月十七日頃謄写版刷四六倍判二十四頁の雑誌「松陰の杜」創刊号約四十部を発行した。右創刊号は発行前に右署長らの検閲を受けたが、その際その内容は部分的に削除ないし変更を加えられたもで、原告ら外有志の者は右雑誌第二号からは署長らの事前検閲を受けないで、発行後検閲を受けることを申合わせ、同年七月二十五日謄写版刷四六倍判二十六頁の「松陰の杜」第二号約五十部を署長らの事前検閲を受けないで発行した。すると、原告らの直属上司であつた次席警視訴外大橋秀雄は同年八月七日原告引間を署長応接室で尋問した上、同原告から、右雑誌発行については事前検閲を受ける義務あるにかゝわらず、有志同人の会合の多数決で事前検閲を受けないことに決定し、これに従つて行動したことは越規行動であり、その責任を痛感するという趣旨の始末書を署長宛に提出せしめると共に、その責任を取る意味で自発的に辞職すべき旨を強要し、もしこれに応じないときは懲戒委員会にかけて懲戒免職の処分を行うべく、その際同原告の蒙る不利益は依願免職に比して甚大である旨を告げて同原告を強迫し、因つて同原告をして被告宛に辞職願を提出せしめ、被告はこれに基いて同月八日同原告を依願免職する旨の処分をした。原告景山も原告引間同様右大橋から辞職を強要されたが、これに応じなかつたところ、被告は同月十日原告景山を懲戒免職する旨の処分をした。しかしながら、原告引間の前記辞職願は大橋の強迫に基くものであるから本訴においてこれを取消す。従つて、これに基く被告の同原告に対する前記免職処分も取消さるべきものであり、原告景山に対する免職処分は前記のように「松陰の杜」第二号を事前検閲を受けないで発行したことを理由とするものであるが、表現の自由は憲法第二十一条の保障するところであり、従つて原告景山の右行為は懲戒事由となし得ないものであるから、同原告に対する右処分も取消さるべきものである。よつて、被告に対し原告らに対する前記各免職処分の取消を求めるため本訴に及ぶ。」と述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として「原告らがその主張の各日時に警視庁巡査に任命され、免職当時世田谷警察署に勤務していたこと、原告らがその主張のような文芸雑誌「松陰の杜」第一号約四十部は事前検閲を受けた上発行したが、原告主張のような同第二号約五十部は検閲を受けないで発行し、次席警視訴外大橋秀雄が原告引間から「松陰の杜」第二号発行の事情を聴取したこと、原告ら主張の各日時に原告引間が被告宛に辞職願を提出し、被告がそれぞれ原告らに対しその主張のような各処分をしたことは認める。「松陰の杜」発行の事情が原告ら主張の通りであるか否かは知らない。その余の事実は全部これを否認する。昭和二十三年六月十一日世田谷警察署員の待機寮として「世田谷警察署下馬寮」が新築されたが、原告引間らは右寮名を「黎明寮」と改称しようとしてその旨を同署長に願出てこれを拒絶されたにもかゝわらず、右寮に「黎明寮」なる標札をかゝげて署長の命令に反抗した外同僚を煽動するような行為をしたので、前記大橋が原告引間を取調べたところ、同原告は寮名の改称は巡査大衆の意志によるべきで、署長の命令によるべしという規則に従う必要はなく、警察は改革されて行くのであるから規則命令でも現状に合わないものは守る必要がない旨を言張つたので、大橋が規則命令は改廃されるまで有効であり、これを守らないようでは警察官は勤まらない旨注意したところ、同原告は自発的に退職する旨を言明した上辞表を提出したものである。又、原告景山は同年八月九日原告引間が免職の辞令の交付を受けると、右辞令を持つて着帽のまま署長の面前に行き、原告引間に対する免職は不当の処分である旨を荒々しい調子で述べた上、右辞令を署長の机上に放り出し、更に同日午後三時頃訓授場で監督員の許可がないのに発言して原告引間に対する免職処分を非難し、又、右発言を禁止されたにもかゝわらず、同日午後五時二十分頃警部補訴外堀口隆二が一般部員に一般指示及び配置を行うため部員全員を訓授場に集合させたところ、原告景山は再び原告引間の辞職及び「松陰の杜」発行事情について発言したので、右堀口がその発言を禁止すると、原告景山は「こんな警察は改善すべきだ」と放言、反抗し、堀口が同日同原告に対して待機を命じたところ、同原告は署内二階電信室から直接監督官でない訴外辺見巡査部長に頭が痛いから休ませて貰いたい旨を申出で、同人が一寸待つようにと返事をして同原告の監督官に右申出を告げている間に、その許可を待たないで勝手に電話を切り職務を放棄して帰宅した。原告景山の右各行為は官吏懲戒令第二条に該当するから、被告は同月十日懲戒委員会の議決を経て即日同原告を懲戒免職処分に附したものである。」と述べた。(立証省略)
三、理 由
原告引間は昭和二十年十一月三十日、原告景山は昭和二十一年九月三十日それぞれ警視庁巡査に任命され、いづれも免職当時世田谷警察署に勤務していたこと、原告引間は昭和二十三年八月七日被告宛に辞職願を提出し、被告は同月八日同原告に対して依願免職の処分を、同月十日原告景山に対して懲戒免職の処分をしたことは当事者間に争がない。原告引間は右辞職願は次席警視訴外大橋秀雄の強迫に基くものである旨主張するけれども、この点に関する原告引間丈夫の本人尋問の結果は証人大橋秀雄の証言と対比して信用し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はないから、これを前提とする同原告の請求が理由のないことは明白である。
よつて、次に原告景山の請求について判断する。(イ)原告らが世田谷警察署内の同僚巡査と共に文芸雑誌「松陰の杜」の発行を計画し、同年七月二十五日その第二号(四六倍判二十六頁謄写版刷)約五十部を同署長らの事前検閲を受けないで発行したことは当事者間に争なく、証人大橋秀雄、堀口隆二の各証言によれば、(ロ)原告景山は昭和二十三年八月九日原告引間に対して交付された依願免職の辞令を持つて世田谷警察署長室に行き、着帽したまま同署長加藤峯治に対して「こんなものはいらない」と言つて右辞令を同人の机上に放り出し、(ハ)同日午後三時頃教養の時間に同署内訓授場で同所に集合した署員に対し「松陰の杜」発行に関して原告引間を免職したのは不当である旨発言し警部補訴外堀口隆二から発言を禁止されたにもかゝわらず、更に同日午後五時二十分頃勤務指示の時間に訓授場に集つた署員に対し重ねて同問題について発言し、再び同警部補からこれを禁止されると、同人に対して、「これが幹部のフアツシヨ化だ横暴だ。」と叫んで反抗し、その後同警部補から同日待機の場所及び特に同人の許可なくして同所から離れてはならない旨指示された上、待機勤務を命ぜられたにもかゝわらず、同日午後五時四十分頃右待機の場所から十二、三間離れた別の建物内の通信室から待機の場所から二、三間しか離れていない部屋に同警部補と一諸にいる直接の監督官でない訴外辺見巡査部長に対し頭が痛いから休む旨を電話し、同人が一寸待つようにと答えたのに電話を切つて退署し、しかも同夜は十時過ぎても帰宅していなかつたことが認められ、且つ右事実に徴すれば、原告景山が頭が痛いと言つたのは偽りで、同原告は原告引間が免職になつたこと及び再度にわたり発言を禁止されたことに憤慨して勝手に退署したものであることを推認することができ、右認定に反する原告景山要之助の本人尋問の結果は信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右(イ)の事実は昭和十六年訓甲第十六号警察官吏及び消防官吏身上規程第十六条「職務上其の他に関する所見を公表し、又は新聞雑誌等に寄稿せんとする時は原稿を呈示して所属長の許可を受くべし」との規定に違反し、警察法第五十三条、第五十条、昭和二十三年三月二日東京都条例第二十三号「警視庁職員の任免等に関する条例」第一条、官吏懲戒令第二条第一号に、(ロ)の事実は同令第二条第二号に、(ハ)の事実は同令第二条第一号に該当することは明白であり、成立に争のない乙第一号証及び証人後藤田正晴の証言によれば、被告が同条例により同年八月十日開かれた警視庁巡査懲戒委員会の議決を経て原告景山に対する前記処分をしたことが認められ、又成立に争のない甲第四号証及び証人吉田太吉郎、大橋秀雄の各証言を綜合すれば、右議決及び処分は前記(イ)(ロ)(ハ)の各事実を理由とするものであることが推認され、証人後藤田正晴の証言中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。原告景山は、被告の同原告に対する前記処分は原告らが「松陰の杜」第二号を署長らの事前検閲を受けないで発行したことを理由とするものであるから、憲法第二十一条に違反し違法である旨主張するけれども、右憲法の規定は一般的な規定であつて、公務員その他の特別権力関係に服するものに対してはその職務の性質上必要な限度においてこれを制限することは当然許容せらるべく、社会の治安維持の任に当る警察官においては職務上は勿論私行上も慎重な言動を要求されることは当然であり、前記身上規程に定めた程度において表現の自由を制限することは警察官の職務の性質上止むを得ないものと認められるのが相当であるから、原告景山の右主張は理由がない。従つて、原告らの請求はいづれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 菊池庚子三 田嶋重徳 小山俊彦)